玉川太福 インタビュー

「 何でもないようなことが、浪曲だと魔法がかかったように笑ったり引き込まれたりする 」

  • インタビュー・編集:藤井崇史 / 撮影:関口大介

公開日:

玉川太福

玉川太福(たまがわだいふく)

昭和54年生まれ。
新潟県新潟市出身。

2007年3月、二代目玉川福太郎に入門し、同年11月浅草木馬亭にて初舞台。
2015年10月、木馬亭にて名披露目興行。
日本で唯一の浪曲定席小屋である浅草・木馬亭をはじめ、都内各所の演芸場、ホールなどを中心に日々活動し、近年では落語家・講談師との共演も多い。
「天保水滸伝」「清水次郎長伝」など古典演目を継承する一方、新作浪曲にも積極的に取り組み、自作の「地べたの二人」シリーズの他、「流れの豚次伝(三遊亭白鳥・作)」、映画「男はつらいよ」の浪曲化にも挑戦している。
2015年「第1回渋谷らくご創作大賞」
2017年「第72回文化庁芸術祭・大衆芸能部門新人賞」
2016年より「にいがた観光特使」

玉川太福オフィシャルサイト

落語は知っていても、浪曲には馴染みが無いという方が多いかもしれない。
しかし、この「玉川太福」の名はいま知っておくべきだ。
「日常」x「浪曲」で生まれた化学反応とは。
浪曲の魅力や、創作についてを語っていただいた。

浪曲ってこんなに面白いんだ!

太福さんは「演芸界のワンダーボーイ」というキャッチコピーが付いていますが、いつから呼ばれるようになったんですか?

玉川太福

それは一昨年(2018年)ソニーさんとCDを出す時に何か考えましょうって。
他にも候補で、浪曲会の若大将とかあったんですけど。

玉川太福のCD

左が古典編、右が新作編のCD

演芸界ってところが広いですね。

玉川太福

そうですね。
大きく出ましたね(笑)。

玉川太福

ビートたけしさんにも芸を褒められたそうですね。

玉川太福

『江戸まちたいとう芸楽祭』(2019年10月15日開催)
に出させてもらって、演目は地べたの二人の「おかず交換」をやりました。
舞台袖で観られてて、「バカバカしいし見事だな」って感想をいただきました。

直接お話もされたんですか?

玉川太福

出番が終わった後に御礼に伺ったら、「あぁ、あれは面白いねー!」、なんかドラマチックで盛り上がるような話とか、「走れメロス」とか〽︎ちょうど時間となりました〜、でなんでもいけるよなって(笑)。
他にも具体的なアドバイスをいただいたりで、ありがたかったですね。

玉川太福

太福さんの浪曲を観て、浪曲にハマるみたいな方が多いと思うんですが、どのように感じていますか?

玉川太福

今の自分の芸の力と、元々からやりたいことを前提で考えると、やっぱりお笑いが強く入って節( 浪曲の歌のこと )でも聴かせるんだけど、メロディーだけで聴かせるというより、ちゃんと物語を伝えながら、笑いと迫力の両輪で、浪曲ってこんなに面白いんだ!ってまずは一歩入ってもらうことですね。

掴みに近い感じですね。

玉川太福

そこからちょっとずつ浪曲の三味線の音とか、浪曲の魅力にハマって、あぁ「天保水滸伝てんぽうすいこでん」っていいねとか、笑いはないけど「侠客伝」、「忠臣蔵」も素晴らしいなって思っていただく。
浪曲を親しんでもらうコースとしては今はそれがベストかなって思ってやってますね。

浪曲のセット

ムック本のインタビューで、浪曲は難しいものではなく「ドント・シンク・フィール」( 考えるな、感じろという意味 )とおっしゃてましたが、そのぐらい簡単に受け止めてもらえればってことなんですね?

玉川太福

そうですね。
自分も最初の頃は節になると何を言ってるのか分からないっていうのがどうしてもあったんで。
でも、迫力とか浪曲師の声の力、結局そこに魅了されたんです。
節が無かったら多分魅了されてないと思うんで。

節もあってこそだと。

玉川太福

多分、素のしゃべりで聞いても、そこまで感動したり爆笑しないようなことが、節で唸られると魔法がかかったように笑ったり引き込まれたりするっていうのが浪曲の持ってるすごさなのかなと。
大きく言えば音楽かもしれませんけど、その力っていうのは理屈じゃなく、感じていただくっていうのが一番なのかなって思います。

玉川太福

頭で考えて笑うんじゃなくて、とにかく純真に心の底から楽しい

太福さんはコント作家をされていた時期があり、小学生の頃から将来なりたいと思われていて、そのきっかけを教えていただけますか?

玉川太福

大きくはダウンタウンさんの影響ですね。
ガキの使い( ダウンタウンのガキの使いやあれへんで! )がまだ深夜放送だった頃にハマって、その頃ってスタッフさんとか放送作家さんとかが画面に出ていて、それで、放送作家って仕事があるんだと。
お笑いが好きで、友達を笑わせるとかは大好きだったんですけど、そこまで人前ではっていうのがあって、それならコント作家っていう笑いに関わる裏方になりたいと思いましたね。

では、「ダウンタウンのごっつええ感じ」で好きだったコントはなんですか?

玉川太福

日常と非日常感のミックスされたものが好きでした。
ダウンタウンさんのコントって、設定とか状況がすごくぶっ飛んでて、でもそこで普通に「トカゲのおっさん」とか、トカゲでおっさんてことがおかしいんだけど、その人が普通にいて、なんか哀愁を帯びててそれが笑いになってるみたいなものがあったと思うんです。

玉川太福

コント作家になり、その後、自分でコントをやるようになって、影響を受けたダウンタウンとは真逆のボソボソ会話のコントに惹かれた理由はなんですか?

玉川太福

ある時に観た、現代口語演劇の特に「五反田団」が衝撃的に面白かったってことですね。ダウンタウンさんのコントの中でも突飛な非日常の人物が出てたけど、それでも日常的な要素がなんとなく入っていましたよね。それをより突き詰めてというか、しかも年代的にもドンピシャで、自分の世代ぐらいのダメな自意識過剰の男を描いていて。
それがなんか自分の性格とか、今まで生きてきたこととか、感覚とかとものすごく近くて。

演劇を観て共感をしたということですね。

玉川太福

それをこんなに脚色せずに魅せて、爆笑起こすような劇に仕立てられてるっていうのがものすごく面白くて。
正にこれがやりたいし、自分たちが普段喋ってることじゃんみたいな。
なんかそこから非日常の日常から、日常の中から超日常になっていったってことなのかなと思います。
それが今の「地べたの二人」( カナイくん(30代)とサイトウさん(50代)の何気ない日常を描いた噺 )につながっている感じです。

玉川太福

柳家小三治師匠の追っかけみたいなこともされていた時期もあったそうですが、それでも落語家にならずに、その後出会った浪曲に魅了された理由はなんですか?

玉川太福

小三治師匠も衝撃的に面白かったんですけど、落語家になりたいとは全く思わなくて、ただそこから吸収したいというか、そういうつもりで観てましたね。
浪曲は、演劇とか落語とか自分が心惹かれてきたものと引き込み方がもう全然違ったんです。

どう違ったんですか?

玉川太福

頭で考えてこのセンスがすごいとか、この発想がすごいとか、そういう感動じゃなくて、ただ童心に帰って心の底から楽しいっていうか、もうジェットコースターに乗ってるみたいな。
物心ついてから出会ったエンタメで、浪曲ほどとにかく純真に心の底から楽しい体験って、遡っても思い出せないです。

玉川太福

それぐらい衝撃だったんですね。

玉川太福

当時、村松利史さん( 俳優、脚本家、演出家、構成作家、WAHAHA本舗の旗揚げをした一人 )とよく浪曲を観に行っていて、終演後、だいたい浅草の寂れた飲み屋で感想を言い合うんです。そこで色々気付くんですけど、たとえば、「天保水滸伝」でいえば、自分は歴史とか全然興味ない方だし、内容的にも、そこまで衝撃的に感動するほど好みではないのに、福太郎( 玉川福太郎:太福の師匠 )の大音の声っ節、啖呵を生で浴びると、もう楽しくてしょうがないわけです。「一体、コレはなんなんだ!?」って自分でも説明が付かないものと出会ってしまったっていうのが多分大きくて。やっぱりそれを掘り下げていくと、一言でいえば、芸の力ですよね。
それが浪曲でなにかっていえば”声”の迫力と”節回し”のなんとも言えない官能的な心地良さっていう、頭だけじゃなく、体に訴えてくるみたいなものが強くて。

まさに「ドント・シンク・フィール」を身を以て体験したわけですね。

玉川太福

そういう説明の付かない体験でグングンと引き込まれましたね。あとは、タイミング的なことも大きかったです。
もし、コント作家として売れていたら違ったと思うんですけど、丁度色んな壁にぶち当たっていて、ここからどうしようっていう自分の状態だったんですね。
模索する日々の中で、浪曲に自分が面白がってた日常的なことをぶつけたら、誰もやっていない、なんか凄い化学反応が生まれるかもしれないぞ!と。あとは、当時の浪曲界に若い人が誰もいなかった、ということも背中を押しました。
そうじゃないと、あんな大きな声で唄うなんて大嫌いな行為だったんで、絶対浪曲界に入ってないんですよ(笑)。

玉川太福

「シブラク」のお客さんが中心で面白がり方を教えてもらった

創作を作る時に大事にしていることはなんですか?

玉川太福

「地べたの二人」が自分の中で武器になったっていうのもあり、このシリーズを続けていくっていうのが、どうしても一つレールとしてあって、創作の中で。
そうすると、もうキャラは既に出来てしまっているんで、でもそこからどうするかなんですけど、地べたの二人でいうと、ボケツッコミにいかにしないかを考えています。

玉川太福

お笑いの要素は入れないようにすると。

玉川太福

極端にいうと、台本読んだだけではピンと来てなくて、どこが面白いのってなるぐらいにシンプルなやり取りですね。
それを浪曲に乗せるとすごく面白くなるっていうのがベストかなと思いますね。
何も起きないからこそ、生まれるドラマってないかな、みたいなものを常に毎回探しているというか。

なんでもない普通の日常の事が、浪曲にすると面白くなると気付いたのはいつですか?

玉川太福

もともとコントで、そんな台本を書いてたんで、要素としては自分の中にあったんですね。
ただそれを、浪曲にした時にどうなるかはほんと分からなかったんで、完全な手探りです。確信も無いまま、面白いと思うけど、どうかな?でお客さんの前でやってみて、そうしたら思いのほか反応が良かったりして。そこには、村松さんの存在もものすごく大きいです。
弟子入りして三年間は古典のみに専念したんです。
というのは、最初やっぱり浪曲の型が体にが入らないと、浪曲で新作やる意味が無いみたいなものは直感として分かってたんで。
でも、がっつり古典をやって、そこから改めて浪曲の新作を書こうとなると、思った以上に、古典の型に、自分自身が縛られてしまって。

玉川太福

村松さんからはどのようなアドバイスがあったんですか?

玉川太福

こっちが、古典の要素をベースにして新作パターンを考えるところを、村松さんの発想はすごく自由なんです。
古典の型がないから(笑)。
「古俣くん( 太福の本名 )、そこで、”お茶を飲むぅぅぅぅ”って、三回唸れない?!』とか(笑)。
こっちはこっちで「そんな節はありません!どう唸るですか!」って言い返したり(笑)。

あはは(笑)。

玉川太福

だから最初自分の中で受け入れられなかったりもしたんですけど、それを言われるままにやってみたりして、それでお客さんの反応が良くて喜んでもらったりしたみたいな体験が最初にありました。
その後、シブラク( 渋谷らくご )の「しゃっべちゃいなよ」( 新作を披露する会 )に出演した時に、そこをもう一回自分で考えて、地べたの二人の作業着の説明で、”〽︎刺繍の色はオレンジぃぃぃ”って唸ってみたら、それがドカーン!と来たわけですよ。

玉川太福

その時にどう思いましたか?

玉川太福

えっ、刺繍の色でこんなに!って(笑)。
じゃあ、サイトウの漢字も唸ってみよう、みたいな。
「シブラク」の、とくに「しゃべっちゃいなよ」の客席って、ほんと特別なんですよ。
先入観なく、それでいて、すごく前のめりな反応をしてくれる。
唸りながら、逆に浪曲の面白さを教えてもらった気がします。
それが非常に大きいですね。
この日常浪曲が跳ねた( 勢いよく盛りがること )のは、もう間違いなく「シブラク」のおかげです。

芸の力をより高める

玉川太福

数年前に大好きなお酒を断たれていますが、そこまでして芸に精進しようと思ったきっかけは何ですか?

玉川太福

浪曲って風邪を引いたらお終いなんですよね。
稽古もできないし、舞台も務まんないみたいな状態で何も出来ないんですよ。
量じゃなくても気が緩んだ時にお酒を飲んじゃうと、すぐに風邪を引くっていうのが、結構な頻度でなっちゃって、それでもう辞めようと。
芸は下手でも体調管理は自分でできるから、それは何としてもやらなきゃっていうのが強くあって。

今年(2020年)3月5日で浪曲師になられて13年となりましたね。14年目に向けてどのようにお考えですか?

玉川太福

ありがたいことに大ホールの落語会に入れてもらったり、地方での独演会とか、年々増えてる状況で。初めての場所では、「おかずの交換」を一発すればそこで間違いなく結果出せるみたいなのがあったんですけど、その二週目のターンが来たり、独演会ってなると「おかず交換」だけじゃなく、芸の骨太さ、多彩さが必要だってことを強く感じます。単純に浪曲がもっと上手くなる、それはずっと思ってはいることなんですけど、それを今の温度よりもうちょっと高めてグッとアクセルを強めることですね。ここ数年、年間で30〜40席のペースで新作、古典のネタおろしをしていて。かなりの部分が掛け捨てになっています(笑)。
だから、一席一席をしっかり商品にするっていうのが大事かなって思います。

玉川太福

いずれは、今は亡き師匠である「玉川福太郎」の名を襲名したいと考えてられますか?

玉川太福

数年前からそういうお話はいただいていて、みね子師匠( 玉川福太郎の妻で、太福の曲師を務めている )ももういいよって言ってくれてるんですけど、なんといっても、大師匠( 三代目玉川勝太郎 )の名前であり、師匠の名前ですからね。例えばいま継いでも、浪曲界は多少は盛り上がる。
でもそれはお祭りとして小さ過ぎるというか、そうじゃなくて演芸界全体。伯山さん( 神田伯山 )ほどじゃなくても、より多くの人に太福を知ってもらって、太福おもしろいねってなって、それであの太福が福太郎の名前継ぐんだ!すごい名跡なんだ!ってなると福太郎の価値も上がるし、お祭り感も一層大きくなりますし。別に話題になりたいとかってことじゃないんですけど、襲名するならまずこの太福を知ってもらってからっていうのが大きいですね。

メディアへの出演も増えてますよね。

玉川太福

はい。
とくにテレビは、尺の問題とか、いろいろハードルはあるんですけど、視聴者になんとしても面白いと思ってもらわなきゃ、と感じてます。
その機会をもらっている者として、大きく言えば役割というか。
自分が売れる売れないじゃなくて。
そこで観て、浪曲つまんないってなると、もう観てくれないですから。
なんとしても多くのお客さんを喰いつかせる為のものをやんなきゃいけないし、それでメディアでちょっと跳ねたら、浪曲界の状況も変わってくるかもしれない。
演者もお客さんも、とにかく牌の数が増えてないと、ジャンル全体が豊かにならないですからね。

玉川太福のCD

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玉川太福の本

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