春風亭一之輔

「 落語の説得力 」

春風亭一之輔
  • インタビュー・編集:藤井崇史 / 撮影:坂木亮太

公開日:

春風亭一之輔写真:キッチンミノル

春風亭一之輔(しゅんぷうていいちのすけ)

1978年01月28日 千葉県野田市生まれ

【芸歴】
2001年03月
日本大学芸術学部卒業
2001年05月
春風亭一朝に入門
2001年07月
前座となる 前座名「朝左久」
2004年11月
二ツ目昇進 「一之輔」と改名
2012年03月
真打昇進
2024年
落語協会理事に就任
【受賞歴】
2005年
第10回 岡本マキ賞
2007年
NHK新人演芸大賞決勝出場
2008年
国立演芸場花形演芸大賞銀賞
2008年
第4回 東西若手落語家コンペティション優勝
2009年
第19回 北とぴあ若手落語家競演会大賞
2010年
NHK新人演芸大賞受賞「初天神」
2010年
文化庁芸術祭新人賞受賞「茶の湯」
2012年
国立演芸場花形演芸大賞 大賞
2013年
国立演芸場花形演芸大賞 大賞
2015年
浅草芸能大賞 新人賞
2023年
第40回 浅草芸能大賞 奨励賞

春風亭一之輔公式ウェブサイト

テレビよりラジオが合っていた

今も欠かさずNHKの朝ドラ(連続テレビ小説)を観られているんですよね?

春風亭一之輔

そうですね。
「ばけばけ」が終わって、今だと「風、薫る」を観てますね。

今までで特に印象深い朝ドラだと、どれになりますか?

春風亭一之輔

最近だと「虎に翼」、「ブギウギ」で、少し前だと「ごちそうさん」も良かったですね!
でも、結構みんながいいって言うのを観てなかったりするんですよ。
「スカーレット」、「カムカムエヴリバディ」とか。

春風亭一之輔

どんなところにいいなとなりますか?

春風亭一之輔

脚本と主人公じゃないですかね。
「芋たこなんきん」も藤山直美さんが合っていて、おもしろかったですね。

中学生の頃に深夜ラジオに夢中になって聴いていて、特に好きだったのが、大槻ケンヂ、浅草キッド、電気グルーヴですよね。

春風亭一之輔

そうですね。
特に、電気グルーヴの、ちょっとひねくれたセンスとかに影響を受けていると思います。
トークもおもしろいですからね。

その頃だと、「ダウンタウンのごっつええ感じ」が始まったぐらいですが、そっちよりもラジオだったんですか?

春風亭一之輔

テレビより、ラジオと接する時間が長かった気がするけど、テレビはなんとなく、これは観ておくと、おもしろいなっていうのを観てましたね。

自分に合ったおもしろさが、ラジオだったってことですよね?

春風亭一之輔

そうかもしれないですね。

初めて「オールナイトニッポン」を聴いた時の感じと、カセットテープで初めて聴いた(立川)談志師匠の「鼠穴」と、ラジオから録音した「よかちょろ」を聴いた衝撃は、また違うんですよね?

春風亭一之輔

談志師匠の「よかちょろ」は時事のマクラから、すっと若旦那の噺に入って来るんだけど、キレ味とか愛嬌みたいなのかな、若旦那の。
あと、なんだか訳の分からなさみたいな、言っていることの。
丸め込まれちゃう感じ。

「オールナイトニッポン」はどういう感じですか?

春風亭一之輔

「ワクワク感」、それを目当てにというか、頼りに生きているみたいなところはありますね、ラジオは。
ようやく一週間経ったみたいな。

それを全部聴いていたんですよね?

春風亭一之輔

「オールナイトニッポン」って、一部と二部があるから、日曜日以外なので、当時は12番組あって、リアルタイムだけじゃなく、録音もして、なんらかの形で、ほぼ全部を聴いている時がありましたね。
とにかく、ラジオが好きだったんですよ!

高校生の頃に、談志師匠の本をほとんど読んだそうですが、一番の影響は、談志師匠が提唱した「囃されたら踊れ」ですか?

「囃されたら踊れ」は、立川談志師匠が提唱した精神で、新しいことや求められたことに対して、まずは「やってみよう」と柔軟に受け入れる姿勢。

春風亭一之輔

それが一番ではないですけど、自分のところに話が来たんだったら、やるかっていう、そういう考え方ですね。
貧乏性なんですよ(笑)。

春風亭一之輔

影響って、どんなところに受けてますか?

春風亭一之輔

高校の頃と、大学の最初の頃までは追っかけていたんですけど、そこから離れてしまったんで。
そんなに影響っていう程の影響は、どうだろう。
そんなに僕は落語を考えてやらないので。
考え方について、共感できる部分とそうじゃない部分がありますけど、言葉を作り出したり、がっと提唱したり、声が大きいからですね、談志師匠って。言語化するという作業をしてくれた人だから、すごく分かりやすいし、言っていることとか。憧れるというか、かっこいいなという思いはありましたよね。
「このままいくと、落語は能のようになる」っておっしゃってましたけどね、それに抗って戦っている姿ってすごいなって思います。
別世界に居る人って感じはしますけどね、今思えばね。

寄席に出ることで気持ちをリセットする

高校生の頃、初めて寄席に行って受けた「ゆるい衝撃」はどんなゆるさだったんですか?

春風亭一之輔

昼席だったんですけど、浅草演芸ホールの。
当時は人が居ないことはないんですけど、ちょっと寂しい感じだったんですね。
お客さんも、今より年配の方ばかりで。
それに、あんまり一生懸命聴いてる感じでもなくて、なんか吹き溜まりみたいだなって。
こんなとこで、こんなことやってんのかって感じで驚きましたね。
へーって。

こんな大人の世界があるのか、という感じだったんですか?

春風亭一之輔

そこに同い年ぐらいの人はやっぱり居ないわけで、客席に。
なんの説明もなく始まっていくし、プログラムを見てても、その順番通りに出てこないし、代演とか休みとかで、違う人が出てきて、なんの説明もないし、なんだこれは!? って(笑)。

春風亭一之輔

でも、その空間が心地良かったんですよね?

春風亭一之輔

最初は変なところに来ちゃったなって感じですよね。
おもしろい人ももちろん居ますけど、落語家でもなんだかよく分からない、聴き取れないような人も居るし、落語だけじゃなくて、手品や漫才とか、そういう人も出てきて、それに対してすごいとは思わないんだけど、なんか居心地はいいかなって感じですね。

そこから通うことになるんですよね?

春風亭一之輔

寄席の雰囲気がすごいなって思ったのは、トリの時にはもうお客さんが、一生懸命聴くようになってるんですよね、前を向いて。
段々段々客席のボルテージが上がってくるんですよ、トリに向かって。
それは初めて行った時もそうだったんで。
それで、この空間はまた来てみたいなって思いました。

当時のお客さんの雰囲気と、今の雰囲気は違うように感じますか?

春風亭一之輔

昔はのんびりしていて、今はちゃんとしている感じですね、まだ。
なんだろう、お客さんが今の方が前のめりな感じで。

寄席に出る時と、独演会とでは気持ちは全然違いますか?

春風亭一之輔

独演会とか、地方の落語会って、お客さんが前からチケットを買って、日々一生懸命頑張ってその日をめがけて来てくれているわけだから、それに応えねばならんって思いももちろんありますよ。
かと言って、寄席は一生懸命やらないわけじゃないんだけど、寄席に行ってみようとか、一之輔だけを観に来ているわけではないので、気楽にできる。
そういう気持ちの差は全然ありますね。
両方やっておかないと疲れちゃうので。
一生懸命に独演会ばかりやっていると、楽屋に自分の弟子しか居ない状態っていうのは、非常にしんどいというか、嫌でしょ(笑)。
色んな人が楽屋に居て、世間話とかしながらなんとなく、落語やって終わったらお先ですって帰って行くっていう。
それで、気持ちをリセットする感じですね。

お客さんに乗せられて、噺と踊る

「一之輔、高座に粗忽の釘を打つ」の本にありましたが、高校生の頃に寄席に通い、高田文夫さんの「ビバリー昼ズ」で、旬な落語家さんや笑いの情報を仕入れ、玉置宏さんの「ラジオ名人寄席」で、昭和の名人上手を学ぶという、現代の新鮮さと、古き良き時代の話芸のいいとこ取りというのは、今の落語スタイルに通じるものがありますよね?
伝統を大切にしつつ、新しいことを取り入れる感じは。

春風亭一之輔

そこがつながるかどうかは甚だ疑問ですけど、そういう生活をしていましたね。
昔の人の音を聴かないとどうしようもないんですよ。
昔の人ってこうやってやっていたんだって発見もあるし、古典落語って先人から口伝で伝わって来たものですから。
だから、ルーツっていうのはどこにあるのかとかね。
ちゃんとそれが分かってないといけない。
だから、弟子にも昔の人の噺を聴くように言ってますね。

噺のアレンジについての考え方が、年齢を重ねることで、変わったなと思いますか?
昔はこうだったのが、今はこうなったとか。

春風亭一之輔

どうだろうな。
全然そういうこと考えてないからですね。
どうアレンジしようとかも一切なくて。
机の上で考えないから。

では、その時の状況に合わせてってことですか?

春風亭一之輔

やりながら、アレンジって言う程のアレンジじゃないですけど。
アドリブですね。
悪ふざけに近いですけど(笑)。
ただ、誰に重きを置くかとか、登場人物の。
どういうことを言わせるか、こう反応があった時に、一般的にはこう返すけど、違う返し方もあるんじゃないかとか。
そういうことは考えますけどね。

春風亭一之輔

噺の中で本編から脱線してしまう時の、ここまでは脱線しても大丈夫なラインとかはあるんですか?

春風亭一之輔

その噺によりますね。
噺と、あとお客さんですね。
それに、自分のその時の気持ちや、テンションもあります。
ここまではいいだろうと。
脱線とは、何を持って脱線と言うかですけど。

脱線かは分からないですけど、「がまの油」とかですか。

春風亭一之輔

つながって入れば脱線じゃないと思うんです、ちゃんとね。
これをやると、噺が壊れるとか、ここまで言うと古典の味が損なわれるとか、そういう思いはね、どっかに持ってますけど。

そこを守りつつってことなんですね。

春風亭一之輔

別に「がまの油」は、あのやり方はそんなに脱線とは思わないです。
つながって入ればいいんじゃねえかって。最終的に一番ここで盛り上がらないといけないところって必ずあるわけですよ。
ここが "肝だよ" っていうのが、落語には。
「がまの油」は刀でシュってやって、刀を引いたら切れて、お客さんが "ハッ" って空気になればそれで成功だと思う、僕はね。
あと、最初の言い立て(一連の定まった長セリフのこと)、それで説得力を持たせる。
あの言い立てで、ちゃんとお客さんを引き込むように。
きっちりやって、別に中手(拍手のこと)が欲しいわけじゃないけど、それができれば半分成功で。
それが落語の説得力だと思うんで。
あとはもうどんだけガチャガチャしてようが、噺は壊れないと思うんです。

基本的に「人情噺」はあんまり好きじゃないそうですが、それはやっぱり、笑わせたいからになるんですか?

春風亭一之輔

好きじゃないでは、なくなってはきてますけどね。
「人情噺」もやりますけど、やっぱり笑いが多い「滑稽噺」でお客さんが満足した方が僕は充実感があるかなと思います。

一朝師匠が、一之輔さんが変わってきたのは、二ツ目になって、五年くらい経った頃とおっしゃっていましたが、その頃に、「落語の登場人物が勝手にしゃべるような感じ」が分かったそうですね。
「こういうこと言ったらおもしれぇんじゃないかな」って。
それは、何かきっかけがあって気付いた感じですか?

春風亭一之輔

こういうやり方が合っているなっていうのがなんとなく分かったんだと思います、自分でしゃべってみたら。

春風亭一之輔

「落語の登場人物が勝手にしゃべるような感じ」というのが正に、一之輔さん考案の「噺とダンスを踊る」ってことなんですよね?

春風亭一之輔

そういう感覚がありますね。
ずーっと勝手にはしゃべらないけど(笑)、さすがに。
でも、あるんですよ、そういう時が、時よりね。
お客さんが乗せてくれる時が。
いつも楽しいんだけど、そういう時はもっと楽しいですね!
でも、同じ事は二回できないから、すぐ忘れるようにします。
そんなステップは覚えられないので。
どうやってさっき走ってたんだろうとかね。

噺を遊ばせているというか、楽しんでやっている時って、どんな感覚なんですか?
音感とか、リズムだったりも、それにどう乗るんですか?

春風亭一之輔

お客さんの反応、笑い声に今合わせているなって時はありますね!
乗せられてそれが伴奏になっていて、そういうのはあります。
ただ、いいか悪いかで言うと、良くもないんだろうなと思いながらやってますよ。

そうなんですか?

春風亭一之輔

それが、いいか悪いかは、お客さんの反応が良いから変わるっていうのは、悪いとこもあるし。
淡々と毎回同じようにやるっていうのがね、大事だと思うんです。

でも、それはライブ感があるからですよね?

春風亭一之輔

自分はそっちに合っているんでしょうね。
でも、笑おうが、笑おうまいが、淡々と教わった通りきっちりしている人を観ると、いいなあって思いますよ。
憧れるというか。
こういうやり方だよね、本来話芸というものは。
僕なんか、結構その場その場で乗せられたら、ワッ! ってやって(笑)。
そうでもない時はいつも通りなんですが、なんとかひっくり返さなきゃなって思いながらやるんだけど。
もう五十歳近いですからね。
今さら変えられないからね、おそらく。

そのやり方が、良く評価されているわけですよね?

春風亭一之輔

評価されているのかな。
もっと歳を取ったらどうするのかなって思いますよ。
中々、体力の要る噺のやり方もいっぱいしているので。

今も体力的に感じる部分はありますか?

春風亭一之輔

多少はありますよ。
噺によっては、ここは力を抜いた方がいいって考えるようにはなりましたね。

お客さんに想像してもらう為に、意識しているのは、どんなところですか?

春風亭一之輔

基本的なところは、声と表情と仕草で表しますよね。
それ以上に想像してもらうようにだと、寄席で初めて落語を聴くようなお客さんと、独演会に来るお客さんは違うわけですよ。
それで変わってきますよ。
例えば「子ほめ」をやろうって時に、寄席の浅い時間で上がる時にやる「子ほめ」と、独演会で最初にする「子ほめ」では、ちょっとやり方が違うんですよ。

どう違うんですか?

春風亭一之輔

そんなに落語に親しんでないお客さんに対しては、これぐらい丁寧にやらないといけないとか、独演会でやる場合は、同じような丁寧さがないといけないけど、ここをこうするともっと「子ほめ」っておもしろくなるんだなって、思うやり方の「子ほめ」ですね。

独演会だとプラスの要素が入るってことですね。

春風亭一之輔

例えるなら、ここを叩くと、こっちが出っ張っておもしろいんだっていう感じで、「子ほめ」を知ってて、何回も聴いていて、一日一回は聴くお客さんもいるわけで、「子ほめ」の可能性みたいなのもあるし、「子ほめ」の持っているポテンシャル(潜在能力や伸びしろのこと)があるわけですよ、ものすごくよくできた噺だから。
初めて落語を習った人がやってもウケるような噺なんで。
その「子ほめ」の可能性も引き出す、引き出させてもらうってことかな、その独演会で。
独演会で何度も何度も「子ほめ」を掛けてみたことがあるんですけど、このやり方は寄席でもできるなって、それを寄席でもやったりなんかしてますね。

寄席でやってみての反応はどうですか?

春風亭一之輔

前よりもいいですね。
笑いだけを基準にしちゃうと良くないんだけど、サゲをこう変えてみたら、おもしろかったなとか。
色々考えながら。
そういう作業をこれから。
まだネタ下ろしをしているんだけど。
そういうことになるんじゃないかなと思いますね。

春風亭一之輔

噺家にとっての運

2014年に初めてお弟子さんを取られて、「弟子を取ると自分も何か変わるかな?」と思っていたら、基本的な考え方は変わらなかったと、その時点ではおっしゃっていました。
それから、十年以上経ちますが、今はそれから考え方として変化はありますか?

春風亭一之輔

あんまり変わらないですね。
みんな頑張ってやっているのか分からないけど、頑張るだけではどうにもならない仕事ですから。
運ですよ、運。

「運」だと、十年前でも、五年前のインタビューでも、自分で「運がいい」とおっしゃっていましたが、一方で、「諦める力」が大きいとも。
それは、不運なことがあっても、素直に仕方ないみたいなことですか?

春風亭一之輔

不運っていうか、駄目な時はしょうがないですからね。
どう足掻いてもね。
やることだけやるしかないですよね。

運がいい時はたまたま良かったになるんですか?

春風亭一之輔

いや僕は運がいいんじゃないかなって思いますよ。
これと言って、自分の意志で何かやるとかあんまり無いですからね。
弟子には、自分で計画性を持って先を見てやらないと駄目だよとは言うんだけど。
やっていると思うんだけど、彼らも。
プラスして、そこに時代の流れとか、運は結構重要だから。
売れるということに対してね。

自分ではどうにもできないけど、運を引き寄せる要素も必要ということですね。

春風亭一之輔

いわゆる噺家が、人気が出て売れるというのは、そういうことだと思うんですよ。
だからそれ以上に何もやってやりようがないですからね。
この人に弟子入りすればこういう芸になるってわけでもないし、似るかもしれないけど、良さを引き継ぐかどうかは別だからですね。
二人も三人も同じ噺家はいらないわけだから。
だから、楽しみっちゃ楽しみですけどね、どうなっていくのか。

サイン色紙にも書かれていますが、座右の銘が「命まで取られるわけじゃあるまいし」ですよね。
真打ちに抜擢昇進した時も、「笑点」のレギュラーを受けるかどうか悩んだ時も、「ま、失敗しても殺されるわけじゃないや」と開き直ったら気が楽になったとおっしゃっていましたが、基本的に慎重な性格だそうですけど、背中を押してくれますよね?

春風亭一之輔

なんかあるんでしょうね、そういうのが。
当時(柳家)小三治師匠が会長になって、多分目立つようなことやりたいと思ったんでしょうね。
その時に、じゃあ抜擢真打ちだって。
考えが安直だなと思うんですけど、ありがたいですよね。
その時も一人って、しかも準備期間が半年もなかったんですよ。
有り得ないでしょ。
お前がやれよって話で(笑)。

通常の真打ち昇進だともっと準備期間がありますからね。

春風亭一之輔

でも、ご指名されてやってみろよって言われて、そんなこと滅多にないから、やるだけやってみるかなって感じです。
選んだ方が悪いみたいな(笑)、それぐらいの気持ちでいった方が、だったら協力してくださいねって、そんな感じかな、真打ち昇進は。
「笑点」は、おめでとう! とか言われてもね、別にめでたくないからね。
なんかちょっとおもしろいかなって感じです。
間口が広がるからですね、お客さんの。
「笑点」を観て来ましたって人は、地方に行くと多いですから。
圧倒的に。

春風亭一之輔

昔からそういう考え方だったんですか?
気楽に生きようよという感じの。

春風亭一之輔

死ぬのは嫌ですけど、なんかこう、駄目なものはまた次やればいいよとかね、今回は駄目だったけど、次はなんとかなるんじゃないのとか。
でも、躍起になってやるのはあんまり好きじゃないんです。
頑張ってますって言うのも嫌だし、それを言語化したらなんだろうなって、結局そんな感じになっただけだからなんですけどね。
怒られたりとかあるじゃないですか、理不尽なことを言われたりとか、若い頃って。
どうせこの人は、自分より先に死ぬんだからいいやって、そういう嫌な考え方で納得させたりしているところもありますね(笑)。
今もありますけど。

それに近い感じだと、「ドグラ・まくら」の本での冒頭でおっしゃっていた、「おばあちゃんのぽたぽた焼を食べれば大抵のことはどーでもよくなるから」に近いですよね?
いちいち気にしないみたいなことですよね。

春風亭一之輔

それはありますね。
「おばあちゃんのぽたぽた焼」を初めて食った時に、こんなうまいものあるのかって感じでしたからね。
あれ甘いんだよね、ベロベロ舐めたりして。

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