公開日:
三遊亭わん丈(さんゆうてい わんじょう)
2011年4月 三遊亭円丈に入門
2012年4月 前座となる 前座名「わん丈」
2016年5月 二ツ目昇進
【受賞歴】
2017年3月 第16回さがみはら若手落語家選手権 準優勝
2017年3月 第4回今夜も落語づけ 優勝
2017年8月 NHKラジオ「真夏の話術 2017」優勝
2019年12月 Zabu-1グランプリ優勝
「師匠選びも芸の内」という言葉があります。
落語家になるにはまず誰かの弟子にならいなといけないことから、師匠選びは非常に重要だ。
前座の頃からスーパー前座と呼ばれ、2016年に二ツ目に昇進し、より注目を集めている若手落語家の三遊亭わん丈。
どのようにして師匠選びをしたのか。
昨年( 2018年 )賞レースで優勝を逃した悔しさの先に見えたものとは。
落語家になろうと思ったきっかけはなんでしょうか?
池袋演芸場にふらっと入って、パッと見ておもしろいと思ったからです。
落語家になる前は福岡でバンドマンをされていて、同じくリスクのある落語家になることに対しての不安はありませんでしたか?
音楽ではなんとか食えるようになりましたけど、このまま続けてはいけないなって思いました。しかし、当時二十八歳の自分が純真無垢に落語をやりたいからやりますって言っていいかというと、そんな年齢でもないわけで。それで、どうやったらできるかなと考えた時に、出てくる落語家が名前も知らなくて、見たこともないのに全員おもしろい。
そして全員太っているんですよ(笑)。ということは、この人たちは食べていけてるなと。この時すでに結婚を考えている人( のちの奥さん )がいたんですけど、すぐ電話して、「数年で結婚できるようにするから待っててくれ」と言って、九州と東京の遠距離恋愛が始まりました。
(三遊亭)円丈師匠に弟子入りを決めた理由はなんでしょうか?
一番笑ったからですね。
実は師匠決めをしている期間が九ヶ月あって、その内の三ヶ月はただの(柳家)喬太郎師匠のファンという時期がありました(笑)。
でも、なぜか喬太郎師匠に弟子入りしようとは思わなかったんです。
なぜ喬太郎師匠に弟子入りされなかったんですか?
わかりません…今でも憧れの師匠なんですけどね。
弟子入りって全てに理由があるわけじゃないのかもしれないです。
円丈には一目惚れ的な要素もあったのかも。
でも、喬太郎師匠が円丈のことをインタビューなどでおっしゃっていなかったら円丈のことを観に行かなかったと思います。
喬太郎師匠のファンだった時期にも意味があったんですね。
そして円丈が舞台に出てきた瞬間に、「あぁ僕はこの人の弟子になる」って思いました。うちの師匠は世間的にどういうイメージか分からないですけど、僕はとにかく上品さに魅かれたんです。あとは今思うと、僕は結構ファザコン( 父親が大好きな人のこと )なんですけど、父親に色んなところがそっくりなんです。
優しさ、厳しさの種類がおんなじで、それが滲み出てたんだと思うんですよ。
師匠と弟子って親子みたいな関係だって言いますもんね。
いつだったかミスをして師匠を怒らせてしまったことがあったんですよ。それで師匠に反省文を書いて、しばらく口を聞いてもらえなかったのが、ようやく口を聞いてもらえるようになって、その時に師匠から「お前のあの反省文を見て思ったけど、俺のこと父親みたいに思ってんだな」って。「よく世間でさ、落語家の師弟っていうのは親子のようなもんだって言うけど、”のようなもんだ”って言うんであって、本当の親子ではないしな。
若干メディアで美化されてそうなっているけど、そんな奴は見たことねぇから。
お前だけなんだよ、この歴史上で今まで初めて」って言われて、申し訳ありませんって。
「でも、お前がそれでいいなら、いいけどさ」って、最後は師匠ちょっと嬉しそうに言ってましたけど(笑)。
それなら、師匠に結婚したい人がいる事を伝えた時はどんな反応だったんですか?
まだ入門して二ヶ月ぐらいで初高座にも上がる前なのに、「師匠、前座修行中は結婚はしてはいけませんか?」って言いましたね。
そしたらうちの師匠は”結婚を大切”にする人で。
子供が生まれてから六歳までの時に師匠自身が芸人として一番伸びたから、「この期間をお前にも味わって欲しい」って言われたんです。
責任が増すことで伸びると。
そうですね。
そういうことでうちの師匠には「絶対結婚した方がいい」と。
ただ、「お前がアルバイトしなくても食べていけるようになって、自分の作った落語でお客様に満足してもらえるようにならないとダメだ」って。
それで、それから二年後くらいかな、師匠の新作落語の落語会で、いつも前座の時間には来ていないのに、たまたまうちの師匠が若手の落語を聞きたいって、その会を始めから録音していたんですよ。その次の日に師匠の自宅に掃除に行ったら僕の録音を聞いてて、「おい、わん丈、ウケてんなぁっ」って言われて。それで、ここやっ! と思って、「師匠覚えていらっしゃいますか? 二年前のこと。
お金も多少は貯金できるようにようになりましたし、新作落語でお客様に笑ってもらえてる(ウケてる)って言ってくださいましたよね!?」って。
円丈師匠は二年前のそのことを覚えてらしたんですか?
「覚えてねぇ」って(笑)。
でもそのあと、「お前が言うなら、嘘はつかねえだろうからなぁ」って。
「師匠がおっしゃった条件をクリアしたと思うんですけど、結婚をしてもいいですか?」って言ったら、「奥さんになる人が芸人という世界が分かる必要があるから、結婚の前にまず同棲はしろよ」って言われたんですよ。
だから、前座の途中から同棲生活が始まりました。
どのくらいの期間同棲されたんですか?
師匠に二年ぐらいと言われたので、二年ですね。
新作落語はどのくらい作られていますか?
ネタ下ろししただけなら七十ぐらいですね。
作った中で一番良く出来たと思う新作は?
二つあるんですけど、「國隠し」と「自殺屋さん」です。「國隠し」( 夫婦が夏休みに子供をどちらの実家に連れて帰るかで争う噺 )は、もっとベタにすることも、もっとエッヂをきかせることもできるけど、程よい自分の中のバランスで立たせられてて、コンセプトがめちゃくちゃよく出来ていると思うんです。「自殺屋さん」( 若者に自殺道具を売るお店に間違えてパートで入ったおばちゃんの人情溢れる噺 )に関しては、あまりかけてないですね。
噺が長いのとちょっと下ネタが入るんで。
どういうきっかけで新作は作られるんですか?
僕は新作落語っていうのは基本的には古典落語を覚えてて「あれっ、なんで古典落語にこういうの無いんやろ」って思った時に新作を作るんですよ。
「國隠し」のテーマも、「自殺屋さん」のテーマも古典に無いから作ろうと。
新作落語を作る時に気を付けていることはありますか?
僕にとって新作落語って古典と一緒で、そのまま未来に持っていけないと意味がないと思うんですよ。
だから固有名詞はあんまり使わないんです。古くなるから。例えば、これも自作の「だぶるくりっく」
( パソコンでダブルクリックができないおじいさんと、パソコンに詳しいおじいさんのライバル同士の噺 )だと、パソコンができない方のおじいさんが、できる方のおじいさんを見て、「あいつも歳取ったなぁ補聴器付けとるわ、声掛けても全然聞こえてない」って言うところで、実は補聴器じゃなくてiPodのイヤホンを耳に付けていたっていうのがあるんですけど。それなんかは、iPodじゃなくてもイヤホンさえ付けていれば成り立つので、応用して一生使える噺になるわけだから。
そういうところは気を付けてます。
未来の古典落語に今すぐにでもなるような感覚ですね。
古典も、出来た当時は新作だったっていうことですよね。
落語の良いところって、メッセージをオブラートに包んでいるところだと思うんです。そのまま言ってしまうとただの演説になってしまうことを落語の体を借りて言いにくいことを言ってしまうとか、其れとなしに気付かせるってことだと思うんですよ。落語で大切なのはその人々の心情なんですね。
あとはその人たちの癖、「嫉妬深い」とか「知ったかぶり」とか。古典落語って全部そうじゃないですか。
その”場面”が大事な落語ってあんまりないですよ、その”人”が大事なんですよ。
新作を作る時もそれは同じです。
この人がどういう人かっていうことを考えて作っています。
古典の感じをそのまま引き継いでってことですね。
新作も古典も一緒ですねそこは。
落語はお客様の頭の中に訴えかけてイメージしてもらって、皆さまが頭の中で登場人物を動かすものだから、皆さまが経験したことないことはやっても仕方がないわけで。
「あっ、こういう人っておるおる」っていうベースがないと頭の中で動かせないわけですよね。
だから、そのイメージの枠からは僕は出さないです。
うちの師匠も突飛なことやってますけど、その枠からは出てないと思います。
なるほど。
擬人化ってやったらウケるって言いますけど、安っぽくなるんですよね。
でも、擬人化するときもあります。
それは人間にしていると当たりが強過ぎるときです。
まさにオブラートに包むってことですね。
擬人化することによって、人が直接言うときついことを、メルヘンの世界にできるからいい感じに頭の中で、お客様が気持ちよく聞けるってことだと思うんですよ。
それは古典も新作もあんまり関係がなく全く一緒やと思います。
昨年(2018年)はNHK新人落語大賞の本選まで勝ち残りましたが、惜しかったですね。
「優勝できないならもう決勝にいきたくない」ってみんな言いますね。
もう負けたくないんですよ。
今までにないぐらい落語を仕上げていって他の人の仕上がりに負けるのが嫌なんです。
そのくやしさで落語への取り組みの変化はありましたか?
僕の場合は落語の”基礎”ですね。
本選が終わって二週間後ぐらいからあの審査点数を真摯に受け止めようと思うようになりました。
そうなった時に今の僕に一番足りないと思ったのは、もっと”落語”というものを前座一年目の頃に戻って見つめ直すってことですね。
初心に帰ると。
そうですね。
それまでは発想だとか、声の強弱とかそんなことばっかり考えていたんです。これはお客様に言うような話じゃない技術論になりますけど、登場人物の”スイッチング”をもっとしっかりしようと。ドラマの撮影で例えるなら、僕と同じ目線で映像を撮ると、僕が左を向いた時には、カメラは僕が向いた方の登場人物を撮るわけです。
当然、マイクも照明もその人に当たるようになりますよね。
それで、今度は右を向くと今向いていた方向の逆なので、全て反対側の人に移動しますよね。
そうなりますね。
この作業を一度にやるっていうのが落語の”基礎”なんですよ(あえてそれをやらないという技もありますが)。
テンポとか音うんぬんじゃなくて、一気にカメラとマイクと照明のスポットを次の登場人物にしっかり向ける。
ゆっくり切り替えるんじゃなくて、バンッて一瞬で。
切るような感じですか?
そうです。
バンッ、バンッ、バンッて切り替えをやり続けるんですよ。
そうしたら今まで十五分ぐらいでも疲れなかったのが十分くらいで疲れてくるようになるんです。
これでいいんですよ。
そうしたら、いい具合に疲れるから、出しすぎていた声も今までより頑張って出さなくなったんですよ(笑)。
そうするとお客様の中にスッと入り込めているような気がするんですよ。
メリハリをより付けるってことになるんですよね?
なります。
声自体が今まで「発表」に近かったのが、どんどん「会話」になってきているんですよ。
本当は全部いっぺんにやらないといけないことだったのかもしれないけど、僕が落語をリズムとメロディーで持っていってたのが、そのカメラワークを気にするようになってから、登場人物が会話をできるようになりました。
それに気付けたのは大きかったのではないでしょうか?
もうめっちゃ大きいですね。
あの決勝の自分の落語のどこに文句の付けようがあるんやってなった時に、そこが一番大きいかなぁって。
ライバルとして見ている方はいらっしゃいますか?
うーん(考える)、ライバルというか、少し前まではこの人みたいになりたいって言ってたんですけど、今は正直いないですね。
それは落語に没頭しているからでしょうか?
今、自分のことを一番幸せな落語家やと思ってるのかなぁ。
幸せであることって大事やと思うんですよ。
幸せは人それぞれだから人と比べなくなったんだと思います。
僕の自慢は”お客様”なんですよ。
初めて僕の会に来てくれた方に言われるのは、「わん丈さんのお客さんすごくいい」って。
その前にまず僕は? って思うんですけど(笑)。
他の落語家のお客様が悪いとか言ってるわけじゃないんですけど、本当にいいんですよ。変な人は一人もいないし。僕は今のところ基本ライヴでインターネットにも疎いしメディアにもそんなに出ていないから、お客様は一気には増えないですけど、減らないんですよ。
その為には常に安定と新しいことへのバランスを保っておかないといけないから、一日中いついかなる時でも噺家でいないといけないし、新作の材料を探しながら、古典はちゃんと稽古してないといけないし、地方と東京のバランスも考えないといけない。
それを常に考えさせてくれるのは減らないお客様からのいい刺激ですね。
今後の目標は?
いくつかあるんですが、それを敢えて明確にしないようにしていたから今までうまくいったんです。
だから、今まで通り、僕を応援してくれているお客様のニーズと師匠円丈がたまに言ってくれるアドバイスをただ当てにして(笑)、ゆっくりと精進します。
本当に師匠が好きなんですね。
師匠の言う通りやったらここまで来れたっていうのがありますからね(笑)。
結婚の時期だってそうやと思いますし。色んなお客様に言われるのが、どう見たってわん丈さんは幸せそうに見えると(笑)。よく芸人ってあんまり幸せに見えない方がいいって言うんですけど、うちの師匠なんか見てても幸せそうに見えるし。
僕の場合は幸せに見えることによって、それが好きで来てくださっているような気がするんです、僕のお客様って。
でも、幸せな話をしてもお客様は嬉しくないからあんまりしないですけど(笑)。
たしかに。
だから自分の幸せはしっかりと確保して、それでも僕で良かったら来てくださいみたいな感じです。
マスコミが好きな肩書きで「チケットが取れない落語家」ってカッコイイけど、僕は「チケットが丁度取れる落語家」になりたい(笑)。当日フラッといらしたお客様も一人も帰さないで済むとか理想的だなぁと思う。バンド時代からの影響だと思いますが、落語もライヴ活動。
目の前のお客様一人一人に満足して頂けるように自分の状況をしっかり見極めて、独演会の会場を少しずつ大きくしていきたい。